さすライダー物語(プロフィール)

最北の白い道

どうも、はじめまして、

バイクで旅する自由人、

さすライダーこと平塚です^ ^

 

大好きなバイクで旅をしながら

いつでも好きな時に好きな場所へ。。。

 

そんなバイクでの、

自由な移動生活を目指して、

日々活動しています。

 

愛車は世界一頑丈なバイク、

HONDA XELVIS(今はあまり乗ってない)と、

世界最強旅バイク、

BMW R1200GS(いっぱい乗ってる)です。

 

今でこそバイク馬鹿な僕ですが、

実はかつて、バイクが大嫌いな人間でした。

 

これは、一人の引きこもり男子が、

さすライダーに目覚めるまでの物語です。

 

オロロンライン

北海道の道々106号オロロンライン


 

バイクなんてクソだと思っていた少年時代

さすライダーの父
バイクは買ってあげるから、バイク通学しなさい!

さすライダー
バイクなんて絶対嫌だ!怖いし、死ぬし!不良だし!

バスと電車を乗り継ぎ1時間半、

家から遠い、工業高専に入学した僕は、

バイクで通学した方が、圧倒的に交通費が安いという理由で、

親にバイク通学を勧められました。

 

普通なら、バイク通学なんて反対されるものなのに、

うちの親は、バイクを買ってあげるから、

バイクで通学しなさいと提案したわけです。

 

ここは男子たるもの「ヤッタァ」と、

思うのが普通ですが、ところが僕は、

全力でこれを拒否しました(笑)

 

だって、バイクって体が外にむき出しで、

転んだら危なそうだし、なんか不良っぽいし、

ってか、僕はそもそもインドア派だし、

絶対バイク通学なんて嫌だ。

 

ぶっちゃけ「バイクなんてクソだ!」と思っていました。

 

ジャパニーズテンプレート人間誕生

趣味は勉強、友達なし彼女なし、暇があればゲーム三昧、

反抗期はなく、大人しい内気な引きこもり、、、

それが、学生時代の僕でした。

 

真面目に生きないとダメ!

道から外れるのもダメ!

ましてや、バイクなんてダメ絶対!

 

沢山勉強して、努力して、汗水垂らして、

将来は一流企業に入って、

バラ色の勝ち組人生を送るんだ(えっへん)

 

親がそれなりの会社に勤めていた僕は、

良い学校に入って、良い会社に就職するのが、

この世の全てであり、それこそが人生の正義である、

と、子供の頃から悟っていました。

 

つまり僕は、典型的な、

日本流人生テンプレート人間だったのです。

 

そんな僕が進学したのは、

5年製の工業高専で、ゲームが命だった僕は、

将来はゲームクリエイターになるために、

プログラミングを勉強したかったんです。

 

高専の授業は1回90分×6回、

間の休み時間は10分、

毎日ひたすら勉強勉強の日々。

 

もともと、勉強が好きだった僕は成績も良く、

当然、普段の素行も良く(笑)

まるで絵に描いたような優等生でした。

 

が、それは徐々に悪化し始め、成績は下降線、

友達というものを作っていなかった僕は、

相談できる相手もなく、一人であれこれ思い悩むようになり、

ついには学校を休みがちになりました。

 

ココだ!と自ら決めて入った学校なので、

親にも相談出来ず、学校に行くフリをして、

そのままブラブラと過ごして休んでました。

 

まるで、リストラされたサラリーマンが、

奥さんに言えずに見かけだけの出勤をするように。。。

 

そして3年後、、、僕は結局高専を中退しました。

 

引きこもりバイクに目覚めるの巻

中退後はアルバイトに明け暮れる毎日、

それまで勉強しか知らなかった僕は、

働いてお金が貰えるという事に喜びを感じ、

案外楽しく毎日を過ごしていました。

 

しかし、休日は相変わらず家でゲーム三昧、

外に出る事は、ほとんどありませんでした。

 

それから1年後、僕はIT系の専門学校に入学しました。

 

時間も授業もガッチガチだった高専に比べると、

緩い感じの学校だったので、

アルバイトをそのまま続け、

稼いだお金で車の免許を取得。

 

車を通じて、自分の行動範囲が広がったことに、

喜びを感じていた僕は、

ここで「あるもの」に目覚めることになります。

 

そう、それはまるで運命のごとくに。。。

 

車を運転していると、その横を、

サーッと涼しい顔で抜けていく、野太い音がする物体、

バイクって、なんだかカッコいいなぁ。

 

車はもともと好きでした、

親が車好きだったのもあって、

将来はカッコいいいスポーツカーを買いたい、

と、密かに夢を抱いてました。

 

しかし、実際に車に乗るようになったら、

なぜか、バイクに興味が出てきたのです。

 

親がバイクを買ってくれると言っても、

全力で拒否した、あの大嫌いだったバイクに。

 

それから僕は、毎日ネットで、

バイク情報をググりまくり、

知識をどんどん吸収していきました。

 

そして遂に、バイトで稼いだお金を、

全て教習所にぶち込んで、

人生で初めてバイクという乗り物に跨りました。

 

実はここからが、僕の人生の本当の始まりだったのです。

 

超保守的だった僕が、インドアだった僕が、

引きこもりだった僕が、、、

なぜ、突然バイクに興味を持って、

勢いで免許を取るまでに至ったのか?

 

これこそが人生の不思議ってやつですね。

 

初バイクゲット・初ツーリング

それまで、原付すら乗ったことがなかった僕は、

教習中に数え切れない程の転倒を繰り返し、

規定の教習時間を大幅に超えてしまいました。

 

それでも、今までの僕なら、

「あぁ、もうやめーた」、

と言ってしまうところですが、

何故か、バイクの教習は頑張れたのです。

 

そんなこんなで、晴れて念願のバイク免許を取得、

当然のように自分のバイクが欲しくなり、

親に借金をして、初の愛車「SUZUKI BANDIT250」を購入、

バイクライフをスタートさせました。

 

バンディット

初めての相棒バンディット250


 

初めて買ったバイクは、

なんとオークションで購入したもので、

正直かなり当たりが悪かったです(笑)

 

素人がオークションでバイク購入、、、当然と言えば当然の結果でした。

 

エンジンが掛かる、掛からないは、毎回運次第、

すぐに調子が悪くなり、バイク屋に入院の日々、

人と話すのが苦手な僕にとって、

「バイク屋に行く」という行為は、かなり勇気のいることでした。

 

バイク屋って、なんだか怖そうで、

素人お断りな感じで、タバコで煙たい店内で、

っと、そんなイメージを、

勝手に抱いていたからです(とても親切なお店でした)

 

そんなこんなで、トラブル続きのバイクライフも、

落ち着いて来たある日、

たまたま立ち読みしたバイク雑誌の記事に、

僕は目が釘付けになりました。

 

バイクで行く北海道ツーリング!?

バイクで北海道?しかもバイクにテントを積んでキャンプ?

なんだかこれって、男のロマンってやつじゃない?

 

引きこもりだった僕が、

何故か男のロマンに引かれ、

その後、バイクで北海道まで行くのに、

長くはかかりませんでした。

 

さすライダー
今度の夏休みにバイクで北海道一周してくる!

さすライダーの父
え?ええええええ? ((((;゚Д゚)))))))

 

親はきっと、僕の頭がおかしくなったと思ったのでしょう(笑)

 

そりゃそうです、家から一歩も出ない引きこもりな息子が、

バイクに乗って北海道を一周するとか、

それはそれは、心配だったことでしょう。

 

バイクに乗り始めてから、

いつのまにか外に出るのが好きになっていた僕は、

学校の夏休みを利用して、

遂に2週間の北海道ツーリングへと旅立ちました。

 

北海道ツーリング

北海道行きフェリー乗り場


 

強烈に雨に打たれて、大変な思いをしたり、

泊まるところが無くて、

道の駅で泣きそうになりながら野宿したり。

 

夜の、人気のない道で転んでしまって、

途方に暮れていたら、工事現場のおじさんが、

プレハブ小屋に泊まらせてくれたり。

※内心、身ぐるみ全部取られるんじゃないかと(笑)

 

それはもう、僕にとっては人生初の大冒険でした!

 

ちなみに、このとき僕は22歳、

だいぶ遅咲きの青春が、

バイクを通じてやってきました。

 

就職から〜の退職

北海道から帰ってくると、

僕の頭の中は、バイク旅オンリーになりました。

 

バイトで稼いだお金は、

全てバイクに投入、

学校の長期の休みを利用しては、

東北、四国、九州をバイクで旅しました。

 

この時点で「良い会社に就職する」と言う選択肢は、

僕の中で完全に消え失せていました。

 

もっともっとバイクで旅がしたい、

行ったことのない場所に行きたい、

ようやく訪れた遅咲きの青春でしたが、

専門学校を卒業した僕には「就職」という選択肢しかありませんでした。

 

なんとか、地元のデザイン会社に、

正社員として就職した僕は、

そのあまりにキツイ日々に愕然としました。

 

朝の6時に家を出て、

帰るのがその日の深夜か翌日、、、

寝るためだけに家に帰って、

再び翌朝6時に家を出る。

 

更には、週休2日制では無かったので、

土曜日も出社、日曜日も結構な頻度で休日出勤、

それでいて、手取りの給料は月13万(ワロタ)

 

、、、今でいう、明らかなブラック企業でした。

 

そしてトドメのボーナス、

なんと、1万円ぽっきりでした(もはやバーゲンセール・笑)

 

しかし、会社員として生きる以外の、

選択肢を知らなかった僕は、

「これが会社勤めってやつか、世の中の人は皆これに耐えるのか、

すごいな、僕も耐えないと、、、」と考え、

 

例により、相談できる相手もいなかったので、

一人でどんどん精神的に追い込まれていきました。

 

そんな、辛い日々の唯一の楽しみは、

たまの貴重な連休にバイクで旅をすること。

 

そしていつしか頭の中に、

「バイクで日本一周したい」という熱い想いが、

芽生え始めていたのです。

 

繰り返される会社中心の生活に、僕は遂に耐えられなくなり、

上司に辞めます!とメールを送って、

そのままバックれるという斬新なスタイルで、

逃げるように退職しました。

 

こうして、見事に職を失った僕は、

晴れてバイクでの日本一周に向けて動き出しました。

 

今思うと、この時の決断は、

僕の人生にとって明らかにプラスであり、

未だに、まったく後悔はありません。

 

本当にあの時、あの会社を辞めて良かったと、

今でもつくづく思います。

 

運命の一台との出会い

退職後はバイトを掛け持ちして、

日本一周に向けての資金集めと、

情報収集に明け暮れる、忙しい毎日を過ごしました。

 

そして、会社を辞めて半年後の2006年3月、

日本一周の相棒のバイクを探していた僕は、

ここで人生を変える、運命の出会いを果たすことになります。

 

「HONDA XELVIS(ゼルビス)」

世界のHONDAが誇る、

250ccの不人気の絶版バイク。

 

いや、出るのが早すぎて、

世界が追いつけなかったバイク、

人と被るのが嫌いな僕には、

どんな最新バイクより輝いて見えました。

 

そして、このバイクとの出会いが、

僕の人生の大きく変えることになったのです。

 

ゼルビス

僕の人生を変えた名車:ホンダ ゼルビス


 


このバイクで日本一周をしよう、


近場のバイク屋で偶然、

程度の良いXELVISを見つけた僕は運命を感じ、

その日に契約しました。

 

バイクの楽しさを教えてくれた、

初代相棒「BANDIT250」に涙の別れを告げ、

新たな相棒を手に入れた僕は、2006年4月、

ついにバイクでの日本一周の旅へと出発しました。

 

当時24歳、僕は自らの決断と行動で、

遂にやりたい事を実現したのです。

 

毎日が新鮮で、毎日が大冒険、

見たこともない風景に、

繰り返される出会いと別れ、度重なるトラブル。

 

大変なことも沢山ありましたが、

それでも毎日、XELVISと一緒に泣いて笑って、

時に転んで、北は北海道から南は沖縄まで、

僕は文字通りバイクで日本を一周しました。

 

人生初彼女ゲットと失恋

日本一周で訪れた人生初の沖縄の、

名護にある小さなバックパッカー宿で、

意気投合した四国の女性。

 

1年後、なんと僕はその女性と、

お付き合いをすることになりました(えへ)

 

僕はいわゆる年齢=彼女いない歴の、

典型的なモテない男でした。

 

そんな僕の人生初の彼女が、

まさか旅の途中で出会った女性で、

しかも、遠距離恋愛(四国と東北)とは、

なんともドラマチック(?)なものです。

 

しかし、それまで女性と付き合った経験がなかった僕は、

自らの感情のコントロールが出来ずに、

なんと、四国に移住するという暴挙に出ました。

 

彼女との幸せな日々を想像して、

四国に乗り込みましたが、、

その儚い夢は1ヶ月で消え失せました(笑)

 

きっと、僕の行動を重く感じたのでしょう、

彼女の方からフェードアウトされてしまいました。

 

人生初の彼女ゲットと、

失恋をスピーディーに経験した僕は、

生きる気力を失い、自暴自棄になり、

お先真っ暗状態になりました。

 

あの時は本当に毎日が苦しく、

本気で死のうと何度も考えました。

 

これまで、人生の色々な経験を、

するべき時にしていなかった僕は、

色々な面で未熟でした。

 

まさに遅咲きの青春時代、

しかし、これもまたバイクがもたらしてくれた、

人生というツーリングの1ページでした。

 

バイクでオーストラリア一周?

失恋ですっかり意気消沈した僕は、

たった半年で四国から、

東北の実家に戻ることになりました。

 

しかし、この状況下において、

僕という人間はとんでもなく、

無謀な計画を頭に中に描いていたのです。

 

バイクで、、、オーストラリアを走りたい!

 

当時、日本一周したライダーが、

次に目指すのは海外、それもオーストラリアというのが、

一種のステータスでした。

 

360度の地平線の中をバイクで駆け抜ける、

またしても引きこもりが、なぜ男のロマンに憧れたのか?

それとも、失恋したエネルギーの向かい先が、

ただ、バイク旅なだけだったのか、、、

 

それから1年間、

僕は、派遣社員としてお金を貯めながら、

毎日必死にオーストラリアの情報をかき集めました。

 

なんせ、海外に行くこと自体が初だったのです!

 

今まで海外に行ったこともないのに、

その一発目がバイクの旅?

その無謀とも言える、あの時の僕の行動力や否や、

自分でも驚くべきものでした。

 

そして2008年12月、遂に僕は初めての海外、

オーストラリアの大地を踏みしめました。

 

日本とは全く違う空気感、文化、食事、

そして英語、最初はとにかく毎日帰りたい一心で、

なんで僕はこんな場所に来たんだ?

と、自問自答を繰り返す日々でした。

 

そんな、シドニーでの、

初めての海外生活が1ヶ月続き「もう嫌だ、帰りたい」と、

全てを投げ出そうかと思っていた矢先、

ようやく待っていた吉報が入りました。

 

愛車XELVIS、オーストラリアに到着!

実はバイクは、船便で3ヶ月前に現地に送っていました。

 

日本からの一時車両輸出「カルネ」という、

特殊な手続きのために、

現地に来るまで時間がかかっていたのです。

 

晴れて、現地で愛車と再会した僕は、

一瞬で燃え上がる冒険心を取り戻しました。

 

よっしゃ、オーストラリア一周開始、

滞在していたシドニーのゲストハウスの、

契約期間は、まだ残っていましたが、

僕は迷う事なく速攻旅立ちました。

 

先払いしていた、決して安くない宿泊費より、

とにかく一刻も早く、バイクで旅に出たかったのです。

 

いざ、バイクで異国の地を走り出すと、

それまで抱いていた不安や迷いは、

綺麗さっぱり何処かに飛んで行きました。

 

まさに水を得た魚、僕は愛車と共に、

オーストラリアの広大な大地を駆け巡りました。

 

隣町は300km先、走っても走っても、

永遠と続く同じ風景、青い空と一本の道。

 

ナラボー平原

360度地平線のナラボー平原


 


そこには、僕が思い描いていた、


360度の地平線の世界が確かに存在していました!

 

YesとNo、Thank YouとHow mach?

それしか話せなかった英語も、当時世間に出たばかりの、

「iPhone3G」を駆使して切り抜け、

なんとかなっていました(引きこもりはガジェット使いが上手)

 

バイクのトラブルも、現地の日本人メカニックの方に、

親切に解決してもらい、異なる文化も食生活も、

毎日トライアンドエラーを繰り返し、

僕は、XELVISと異国の旅を続けました。

 

運命の女性との出会い

旅の後半、オーストラリアで、

絶対にバイクで行きたかった、

「エアーズロック」が遂に近づいて来ました。

 

その、エアーズロックへと向かう、

荒野を貫く一本道「スチュアートハイウェイ」上にある、

とても小さな田舎町「テナントクリーク」にて、

僕は一人の女性と出会いました。

 

その日は、寂れたゲストハウスに、

たまたま僕とその女性だけが泊まっていたのです。

 

さすライダー
こここ、こんにちわ!あのぉ、、日本人の方ですか?

???
、、、あ?はい(無表情の無感情)

 

や、やばい反応だ、、、

そもそも引きこもりな僕が、

自ら女性に声をかけるとか、

海外生活でファンキーになってしまったのか?

 

とにかく、僕にあまりに素っ気ない返事を返した、

その女性の正体とは?実は。。。

 

将来結婚することになる、運命の人だったのです。

 

聞けば僕と同じく、ワーホリ制度を利用して、

一人でオーストラリアを旅しているとのことで、

最終的には、お互いの旅話で盛り上がりました。

 

そして次の日、彼女は再び旅立って行きました(僕はその日は連泊)

 

お互いの連絡先は交換したものの、

広いオーストラリアで再び出会うことは、

2度と無いであろうと思っていたのですが、、、

 

不思議なことに、その後、

会う約束をしていないのに、

次々と偶然の再開のオンパレード。

 

たまたま旅のルートが似ていたからなのか?

はたまた、これこそ運命ってやつだったのか?

 

無事にバイクでオーストラリアを一周して、

スタート地点のシドニーに戻って来た頃には、

お互いに意識し合う仲になっていました。

 

日本一周で初彼女ゲット、

オーストラリア一周で将来の奥さんをゲット、

どうやら僕という人間は、

バイクで長い旅をしないと、女性と巡り会えないようです(笑)

 

因みに念願の、バイクでの、

エアーズロックを達成した瞬間は、

今でも鮮明に覚えているほど、

感動の一言でした。

 

エアーズロック

世界の中心でバイク愛を叫ぶ


 

二人でバイクで日本一周

オーストラリアから帰国後、

彼女とは、自然にお付き合いが始まり、

元が引きこもりの僕と違って、冒険肌の彼女がバイクに興味を持つまでに、

そう長くはかかりませんでした。

 

そして、当然のように、

二人であることを思い付き、

それは夢ではなく「計画」として、

スタートしました。

 

2人でバイクで日本一周しよう!もちろん2台でね!

 

海外で出会った旅好きの二人が、

ここで落ち着くはずはなく、

こうなることは、むしろ必然でした。

 

特に彼女は、バイクの免許を取って、

その1ヶ月後に日本一周に出るという、

無謀を通り越して、暴挙とも言えるスケジュールでした。

 

そして、あっという間に訪れた出発の日、

2011年6月、そう、あの2011年です、

出発の3ヶ月前、僕の地元仙台に住んでいた二人は、

もちろん、あの日を経験しました。

 

東日本大震災

 

震災直後、日本中に広がる「自粛ムード」に、

さすがの僕らも、日本一周に出るのは諦めようと思いましたが、、、

結果として、予定通りバイクで、

日本一周の旅に二人で旅立ちました。

 

こういう時だからこそ、

大人しくすべきではなく、

むしろ何か行動すべきだと思ったのです。

 

被災地の東北人の僕が、

彼女とバイクで日本を一周する、

きっとそこに何か価値があるはずだと。

 

被災地のナンバーをつけた2台のバイクは、

道中沢山の方から暖かいメッセージを頂きました。

 

そのおかげで、無事に47都道府県をバイクで回った僕らは、

その後結婚、晴れて夫婦になりました。

 

二人を出会わせてくれたXELVISは、走行距離10万キロを達成。

 

佐多岬

本州最南端「佐多岬への道」


室戸岬

四国の室戸岬の夕日


 

徐々に追い詰められるも、、、

初めての就職で「正社員恐怖症」になった僕は、

結婚後は、派遣社員として生計を立てていました。

 

仕事をしながら、長い休みが取れれば二人でバイク旅、

それなりに楽しい結婚生活を送っていましたが、

仕事のストレスで、一度体調を崩した時から、

徐々に経済状況が悪化。

 

そもそも、派遣社員の収入で、

バイク旅をしながらの結婚生活、

いつか陰りが見えてくるのは当然のことでした。

 

その後、妻の実家がある関東に引っ越すことになり、

新天地で再起を図りましたが、、、

もともと会社で働くことが苦手な僕は、

関東の仕事の忙しさについていけず、職場を転々、ついには無職になりました。


 

終わった、、、人生詰んだ、、、

と思っていたそんな時、僕がバイクで旅を始めた頃から、

うっすらと頭の中に描いていた夢が、

突如目の前に降ってきました。

 

バイク旅と仕事、、、それが一緒にできる方法がある?

 


目の前に降ってきた希望


 

さすライダーへの挑戦

「バイク旅と仕事」この両者の関係に、僕は長年悩んできました。

 

長いバイク旅に出れば仕事を失い、

仕事をすれば旅に出られなくなる、

バイクに限らず、旅人なら誰でも陥るこのジレンマは、

僕の人生の永遠のテーマでもあります。


 

しかし、僕の悩みの答えは実はそこにあったのです、

インターネットを使い、会社や組織に依存せず、

「好きなことを仕事に」自由な人生を送る。

 

そんな僕の、理想の生き方を実現出来ている方々と、

偶然知り合えるきっかけがあり、

そして、この出会いで僕は一つの結論を導き出しました。

 

インターネットを使えば、バイク旅と仕事は共存できる。

 

すなわち、バイクで旅をしながら、

インターネットで仕事が出来る環境を構築する、

いや、それ自体を仕事にしちゃう。

 

もうこれしかない!と思った僕は、

バイクで旅をしながら、

自由に生きる生活を夢見て、

必死に行動しました。

 

失敗ばかりの毎日で、全然結果が出なくて、

何度凹んだことか分かりませんが、

それでも、これが僕の生きる道だと信じて日々活動しています。

 

そうです、真の「さすライダー」となれるその日を信じて。

 

ネットがあればキャンプ場でも仕事ができる


 

僕は未だにあの頃のまま

僕は未だに、あの日バイクに乗り始めた時から続いている、

人生という名のツーリングを今でも続けています。

 

「もしもバイクに乗っていなかったら?」

 

人生とは、決まったレールの上で流れていくもの、

夢や希望は大人になるにつれて諦めるべきもの、

人とは極力関わりたくない、外の世界に触れることは怖いこと。

 

しかし僕はバイクに乗り、遅咲きの青春を手に入れ、

人と出会い、愛する人と結ばれました。

 

バイク旅を通じ、日本という国の素晴らしさを知り、

異国の文化に触れ、この世には、

まだ見ぬ世界が沢山ある事も分かりました。

 

僕は未だに引きこもりの、あの頃の自分のままです


 

だからこそ、バイクに乗って、

今度は1人ではなく、妻と2人で、

これからも、未だ見ぬ世界を旅しようと思います。

 

ここまで長文を読んでいただき、本当にありがとうございました!

 

これが僕の生きる道


 

僕は現在「ライター」として、

バイク、旅、ガジェットなどの、

好きなことや得意なことを、

記事にまとめる仕事をしています。

 

お仕事のお話はこちらからお待ちしております^ ^